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ホロコースト


私が幼少の頃。

幼い私には、どうしても許せない奴が居ました。




そもそも、我が母という人は、
「カレーの具は大きければ大きいほど美味い」などという、
私からしてみれば皆目検討もつかないような感覚の持ち主。
ジャガイモは四半分、玉ねぎは肉厚のまま、茄子は輪切りをそのまま、
ぶっこんでカレーを作るという猛者でした。

大きくてうまみたっぷりなら何も言うことはない。
けれど我が母は、間の悪いことに、典型的なO型人間でした。

水の量は適当。
つまり、スープのような完全なる液体。
水が多いのでルーをいっぱい入れなくては味がつかない。
なので、中辛なのに口から火の出るような辛さ。

保育園児の私は思いました。
「それでも、100万歩譲ってみせよう」。
だって俺、養ってもらってる身分だぜ?
子供っていうのは、飯作ってもらわないと生きていけない生き物だぜ?
第一、笑っておいしいといわなければ、
「飯に文句つけんな」ってヒステリックに叫ばれて、包丁で振り回されるぜ?(マジで)

ただ、どうしても許せなかったのは中に入っていた玉ねぎ。
噛んだ瞬間に聞こえるシャリっという音、
口の中に広がるスパイスとは異なる辛さ……。

「ってーか、これ生じゃん!」(三河なまり)

思ったても母にツッコめなかった私はヘタレじゃないと思います。
言ったら殺されるよガクブル。
小学校に上がり、給食でカレーが出たとき、世の中には
こんなにも美味いカレーがあるのかと涙が出そうになりました。

母に抗議できない私は、そのうち生の玉ねぎを憎むようになりました。
「水で晒せばおいしいのに」とおせっかいな人は言います。
けれどそういう問題ではないのです。これはトラウマの問題なのです。

時は流れて10年後。
「どんなにまずくてもいいから3秒でメシを作れ」という味覚音痴の父と母は別れ、
母はパキスタン人の義父と結婚しました。
それにともなって、我が家のカレーも、日本で一般的な英国風から、
どろどろしていてこってりスパイシーなパキスタン風(インド風)に変わりました。
サムちゃんのカレーはとても美味しいです。

それでも、私の心の傷は消えません。

今日、母にレシピを聞いて、
パキスタン式カレーに初チャレンジしてみることになりました。
最初に玉ねぎを切って煮込むそうな。
そう、憎いアイツです。
あいつがレシピの一番最初に来るなんて、運命としか思えません。

まるで親の仇のようにアイツを切り刻みます。
ザクザクと断末魔をあげても気にしません。
普通は薄切りでいいのですが、みじん切りです。
だって、カレーの中の玉ねぎが大きいと憎さが増すじゃないか。
みじん切りにして、終わったあとも仕上げに切り刻み続けます。
まさに縦横無尽。

「滅べ……滅べ、滅べ……滅べぇぇええ!!

あんまりに鬼気迫る声にギョッとしたらしい母が振り向いて、
そして、粉々にされた玉ねぎを見て眉をしかめます。

「えー、そんなに小そぉして……
 おかーさん、具は大きい方がいいなぁ」

「こうるすぁいっ!
 出来上がったときには、影も形ものうしてくれるわ!! フーハハハ!!」


そして鍋に入れる頃には、あのでかい玉ねぎ2個もこんな姿に。

c0130783_14503760.jpg


まるでごはん粒。

今もこの玉ねぎどもは私の鍋の中でゆったりと煮られております。
影もっ、形もっ、消滅させて、
その味だけを味わってやるー!!
はーっはっはっはっは!!
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by esther21 | 2007-09-16 14:52 | 家族  

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